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016 弁護士の白痴

最終更新: 2019年2月25日


 いきなり「白痴」という言葉が目に飛び込んでくると、驚く方もおられるかもしれません。これは差別用語の一つとされることもあるからです。もっとも、今回お話しさせていただきたい「白痴」は、言わずと知れたロシアの大文豪ドストエフスキーの長編小説です。

 物語は、主人公のムイシュキン公爵が僻地の精神病院から一時退院し、大都市ペテルブルク行きの列車に乗っているところから始まります。…と、あらすじを書き始めると直ちにA4用紙30枚ほどのボリュームになってしまうことが目に見えていますので、適当に端折りつつ要約させていただきます(ドストエフスキーファンからは怒られてしまうかもしれません)。

 このムイシュキン公爵は、初対面の人に長時間一方的に物語ったり、突発的に奇妙な行動をとったりと、どこかズレたところがあります。なので、洗練されたペテルブルクのシティピープル達からは「間抜けな奴」、すなわち「白痴」と呼ばれて蔑まれます。しかし、最初はそのようにムイシュキンを小馬鹿にしていた周囲の人々も、なぜか彼のことが気になり、次第にその魅力に取りつかれ、いつしか虜になっていきます…。なぜなら、一見阿呆に見えるムイシュキンの奥底には、純粋無垢な「最も美しい人間の精神」が垣間見えるからです。

 弁護士の仕事の中にも、阿呆と言われてしまうような種類のものがあります。

例えば裁判において、「法的に必要な事実」と「法的には不必要な事実」は明確に分けられて考えます。そして、弁護士が「法的には不必要な事実」を主張すると、裁判官や相手の弁護士からは「法律を理解していない間抜けな奴」と小馬鹿にされることになります。しかし「法的には不必要な事実」が、依頼者様本人からすれば一生忘れられないような重要な事実であり、絶対に裁判で主張して欲しい内容のものであるという場合もあるのです。

 本当に依頼者のことを思う弁護士であれば、裁判官や相手方弁護士から笑われようとも、そのような事実を主張することになります。例え法的には不必要な事実であっても、それが潜在的に裁判官や相手方の心を動かす可能性はゼロではないのです。ムイシュキン公爵の一見間抜けな言動が、気付いたら周囲の人々の心を掴んでいたように…。

 依頼者のためになら、「白痴」になる…そのような弁護士となることを目指し、今日も自意識過剰気味に弁護士道中を膝栗毛しております。



―弁護士の徒然草―

 ロシア文学は、とにかく会話部分が長いです。登場人物一人が百頁以上も語り続けるということも稀ではありません。

 一説によると、極寒の地ロシアでは、吹雪の中わざわざ外出せずに暖炉の効いた部屋の中でウォッカ片手に長時間議論に興じる風習があったようであり、それが文学にも反映されているらしいのです。

 私もそれに憧れ、エアコンの効いた部屋の中でビール片手に酒仲間と議論めいたことをするのですが、最後はへべれけに酔っているため難しいことは一切頭に残っていないのでした。

弁護士 佐山洸二郎

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